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●様似の自然のあらまし
日高地方南部に位置する様似町は、西側は太平洋に面し、東側は日高山脈に接しています。道内では温暖な地域に属し、冬季はきわめて雪が少ない一方、夏季は海霧の影響を頻繁に受けるため比較的冷涼な気候が特徴です。
山深く自然豊かな日高地方は、自然史研究上まだ未解明な点も多く、興味深い自然要素に恵まれていますが、とりわけ様似町を中心とする南部日高地域は、動物・植物・地質それぞれに特異かつ学術的に重要な存在が目白押しであります。
一つの自治体の中に異例の10件もの国指定天然記念物(渡り鳥を含む)が見られることからも、様似町はまさに生きた自然史博物館といってもいい高度な自然資料の宝庫であります。
●様似町で見られる天然記念物
国指定 特別天然記念物 「アポイ岳高山植物群落」「タンチョウ鶴」
国指定 天然記念物 「幌満ゴヨウマツ自生北限地」
高山蝶「ヒメチャマダラセセリ」
「シマフクロウ」
「クマゲラ」「オオワシ」「オジロワシ」
「ヒシクイ」「マガン」
●アポイ岳の植生の不思議
◆ 頂上にダケカンバの樹林、垂直分布の逆転
通常、北海道の山の植生は標高が高くなるにつれ、下から広葉樹林帯→針葉樹林帯→ダケカンバ帯→ハイマツ帯と移り変わっていきますが、アポイ岳では9合目から頂上にかけての区間がハイマツ帯より上であるにも関らず、ダケカンバ林に逆戻りしているのです。強風の影響が弱まっているなどの理由が考えられますが、その下草に至ってはスズランやミヤマエンレイソウなど山麓部の植物をともなっており、謎は深まるばかりです。
◆ 標高300mくらいからハイマツが
ハイマツ帯、すなわち高山植物帯は本州中部なら2,500m以上、北海道でも1,000m以上にならないと現れません。ところが、アポイ岳では5合目(350m)から高山植物が見られ、場所によっては300mぐらいの標高でハイマツ群落が成立しているのです。気象条件もさることながら、かんらん岩という特殊な土壌条件が通常の植生の成立を困難にし、気象的に寒冷な状態と同じ効果をもたらすと考えられています。
◆ 日本で一番早く、一番長く高山植物の花が楽しめる
一般的に、高山植物の開花は雪解けの時期に左右されますが、アポイ岳では、通常の高山植生を持つ山と比べて冬の積雪量が圧倒的に少なく、4月半ばにはおおむね雪が消えてしまうため、5月初旬からヒダカソウやサマニユキワリが開花し始めます。また、低山であることから初雪の時期も遅く、10月のコハマギクに至るまで半年近くもの異例に長い花期を有しているのです。
●幌満ゴヨウマツ自生北限地
昭和18年に国の天然記念物に指定され、最北にして最大の自生地とされています。 キタゴヨウ(マツ科)はハイマツとともにゴヨウマツ類に属し、葉のつき方を見ると一つのさやから5本の葉(針葉)が出ていることが名前の由来とされています。高さ約25メートルに達し、本州中部以北から北海道南部にかけて分布していますが、他の自生地ではいずれもやせ尾根上に細々と小規模に生育することが多いが、様似町内のものは山腹全面に優占する樹林を形作っているのが大きな特徴とされています。幌満地区の天然記念物区域は実は現在2代目のもので、元は平宇地区に指定された大原生林があ直径3メートルにもおよぶ巨木が林立していたとされていますが、戦時下の緊急伐採で皆伐され、代わりに幌満が指定を受けた経緯があります。
●ヒメチャマダラセセリ
昭和50年に国の天然記念物に指定され、ヒメチャマダラセセリ(セセリチョウ科)は開長約2.5センチメートル、茶褐色に白い斑点のある小さなチョウで、わが国では、アポイ岳の高山帯のみに生息する貴重なものです。1973年に北海道大学昆虫研究会の学生によって発見され、同会によってその生態が明らかになり、幼虫は高山植物のキンロバイを主食とし、成虫は5月下旬〜6月中旬の約1月ヶ月間のみ見られます。アポイ岳のみに隔離分布しているのは氷河期に広く分布していたものが温暖になるにしたがい偶然にも取り残されたからと考えられています。
●アポイマイマイ
アポイ山塊上部のみに生息する固有種のカタツムリです。
殻径約1センチメートル、表面に細毛が密生し、褐色、肉体部分は黒褐色という変わった姿をしています。1970年に発見されましたが、標本がたった一個の殻だけで、長く誰も生きた個体を見たことがないという「幻のカタツムリ」であり続けましたが、1994年に初めて生きたアポイマイマイが確認され、その分布や生態の実情が明らかになりつつあります。
●カドバリヒメマイマイ
道内一円に分布するヒメマイマイの地方変異型で殻径約2.5センチメートル、上面が真っ平らで周縁が角張り、側面から見ると洗面器型に見える特異な形をしています。様似町内では特定の数本の沢沿いのみに生息し、その他には島牧村の一箇所にしか分布していません。地質条件が石灰岩質であることがそれらの共通点です。
●ナキウサギ
氷河期時代の遺存種(レリック…生き残り)として有名なウサギの一種で、体長約15センチメートル、耳は丸く、褐色、「ピチッ」という鋭い警戒声を出します。北海道の中部および日高山脈の高山帯に生息していますが、日高南部のものは非常に低標高にまで分布し、アポイ山塊上部のみならず幌満川沿いのなんと標高50メートルの岩礫地での生息も確認されています。
●日高山脈の成り立ちと様似町
北海道の背骨と呼ばれている日高山脈はかつて、東西2つの地塊に分かれていました。プレートの運動によって、それらが衝突し、西側に東側がのしかかることによって日高山脈ができたといわれています。様似町は、この日高山脈の南端部に位置し、まさに東西の境界線上にあたります。そのため、地震が頻繁に起こったり、多種多様な岩石が分布したりと、地学研究の分野で注目されています。
●かんらん岩
様似町ではアポイ岳を始めとする幌満川下流地域一帯およびニカンベツ川中流域に、「かんらん岩」という珍しい岩石が分布しています。地上で見られる岩石中もっとも比重が高く(3.3g/R以上)、マグネシウムや鉄を多量に含み、二酸化ケイ素の比率の少ない「超苦鉄質(超塩基性)岩」に分類され、そこに生育する植物は特別な種類となる性質があります。“カンラン(橄欖)”とは中国名で“オリーブ”のことです。主要な鉱物であるかんらん岩の学名“オリビン(olivine)”からきた名前で、表面がオリーブ色に見えることを意味しています。かんらん岩を偏光顕微鏡で観察すると、カラフルなステンドグラスのように美しく、かんらん岩の大きな結晶は特に「ペリドット」と呼ばれ、宝石(8月の誕生石)として用いられています。
◆地表に現れたマントル
地球内部構造は、中心に核があり、表面に地殻と呼ばれるうすい皮のようなものがあって、それらの中間に地球全体の約7割を占めるマントルと呼ばれる物質があります。実はかんらん岩はこのマントルを構成している岩石で、通常は地下数10キロメートルもの深い場所にしか存在せず、本来地表にあるはずのない岩石といえます。それがなぜ露出しているのかというと、日高山脈の形成と深い関連があります。つまり、東側のプレートが西側のプレートにのしかかった際、その下にあったマントルの一部が搾り出されるように地表に出てきたと考えられています。
◆マグマのふるさと(幌満かんらん岩体)
火山などから噴出すマグマ(とけた岩石)は、上部マントル、すなわちかんらん岩の中からしみ出すように分離してできあがることが解っています。そして、幌満川下流域の「幌満かんらん岩体」では“マグマ成分がたっぷりと残っている部分”から、マグマが抜けきって“からからな状態”の部分、さらに“その中間の状態”を示す部分など、さまざまな種類のかんらん岩が分布しています。しかも、世界でも例がないほど“新鮮な状態”で地表に露出しているため、マントル内で起こっているできごとを地上でありのままに観察することのできる貴重な場所として「HOROMAN」の名は地学の分野では国際的に知られています。また、様似町では2002年に国際かんらん岩学会が開催されるほど、数多くの研究者が様似町に訪れています。また、役場前の広場には、各種のかんらん岩が展示されている「かんらん岩広場」が整備されています。
●地震の化石シュードタキライト
山中地区から幌満地区にかけての海岸線は、「日高耶馬溪」と呼ばれる断崖絶壁で東西2つに分かれていた北海道の衝突の現場ともなっており、縦横無尽に走る断層や岩石の褶曲がみられ、激しい地殻変動のあとを知ることができます。そうした細かい断層にそって、線状に黒色ガラス質の「シュードタキライト」と呼ばれる珍しい岩石を見ることができる。シュードタキライトとは、岩石に亀裂が生じた際その摩擦熱で瞬間的にその境界面がとけ、再び冷えて固まったものです。すなわち、そこで地震が起こったことを示す「地震の化石」と考えられています。
●石灰岩
新富地区を中心に大規模な石灰岩地帯があります。この石灰岩は、南の島のサンゴ礁が作っているサンゴ虫という生物の遺骸が中世代に積み重なってできたものです。 その南のサンゴ礁が、プレート運動によって運ばれ、北海道にまでやってきて陸地の一部となったのです。石灰岩は水に溶けやすく、地下水が大きな流れを作り、洞穴になったものが鍾乳洞で、水のしたたり落ちる場所では鍾乳石や石筍などができたりします。様似町にも小規模な鍾乳洞が見つかっています。
●サマニヨモギの悲話
明治17年7月13日、北海道帝国大学の宮部金吾博士が道東方面植物採集旅行の際、様似町エンルム岬においてヨモギ属の新しい植物を発見、採集地にちなんでサマニヨモギと命名されました。これは本来、高山植物で、道内の高山および岩手県の早池峰山に分布していますが、ここエンルム岬のものはその後、薬用等に盗採されて絶滅してしまいました。
●様似山道
様似山道は、日高耶馬溪と呼ばれる断崖上にわたって続く山道で、1799年に北方警備のために江戸幕府によって開削され、北海道における最初の国道ともいえるものですが、同時に非常に多種類の植物の分布限界(東限、西限、南限、北限)や隔離分布種、固有種などを持ち、800種類を超す高等植物が確認されて「植物のるつぼ」とも呼ばれる日高南部地域を通り、しかもアポイ岳の山麓部にあたっているだけに、植物調査ルートととしても大変重要な役割を果たしてきました。中でも明治17年の宮部博士の採集旅行は、この山道中で新種サマニカラマツが発見され、それが契機となって日高南部ひいてはアポイ岳への植物学上の関心が高まり、解明が進んでいったという点では意義深いものがあります。
●様似の植物研究史
わが国の近代植物学の黎明期から始まった様似周辺の植物研究の歴史は、そのままわが国の植物学の歴史といっても過言ではありません。明治中期から昭和初期にかけては、国内外から多くの採集家や研究者が当地を訪れ、新植物を発見していきました。また、地元冬島小学校校長(対馬政雄氏)でヒダカソウを始めとする新植物を次々と発見しては北大の舘脇博士の元に送り、研究を助けた、対馬政雄氏の功績も見逃すことはできません。
●観音山
明治28年(1895)に等じゅ院中興の祖である塚田純田が33観世音(石像)を安置して以来「観音山」と呼ばれ、そこにはカシワの巨木があり「神木」として崇敬した。このカシワの木は、北海道の名木として指定されている。また、海抜83メートルの観音山公園からは様似の町並みやエンルム岬などが、まるで箱庭のように見えることから、景勝の地としての人気も高く、展望台も設置されています。全山広葉樹に覆われ、林床は4月下旬にアズマイチゲ、エゾエンゴサク、カタクリ、5月にはオオバナノエンレイソウの群落のお花畑は見事です。
●エンルム岬
様似町の海岸地形上とても特徴的な陸繋島で高さ約73メートルの岩山をなしています。岸壁にはオオセグロカモメのコロニーがあるほか、エゾイヌナズナやヒダカミセバヤといった岩隙植物が豊富です。また特筆すべきはミヤマオダマキ等をはじめとする高山植物が生育していることで、サマニヨモギの最初の発見地でもあります。若干の樹林もあり、小さな岩山ながら200種類を超す高等植物が確認されています
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